最初のコンポテックスの犠牲者となったのは、製版課のTさんとSさんだった。Tさんは、めがねをかけたインテリ風の人で元々活版植字の職人さんだったが、長く電算活版の実務を担当していた。もう五四歳だったはずだが、パソコンも勉強していて、プログラムなども自分で組める人だった。あたらしく三階にできた電算植字室は、意識的に明るい色調の部屋にした。活版の古くて暗いイメージをできるだけかえたかったのだ。ここにコンピュータが次々に運び込まれていった。一番高価な電算写植機本体は、金魚鉢と呼ばれることになるガラスで囲まれた恒温設備つきの小部屋にセットされた。わざわざ、このために改築したのである。N印刷の歴史の中で恒温設備が必要な機械を導入するのは初めてのことだ。鉛と凧糸の町工場から防塵防湿の精密工業へと転換した、と言ったらおおげさだろうか。「なんや、印刷会社と違うみたいやね」様子を見にきた社長が言うと、メーカーの人はこう答えた。「いや、これからは、これこそが印刷業なのですよ」
[参考]
激安チラシ印刷.comホームページ
http://www.gekiyasu-chirashi.com/