毛皮論争の中心

2011.05.26

毛皮論争の中心には、いつも、金に糸目をつけずにもっと多くの服を欲しがるファッション・アイテムの貪欲さが存在した。新しいもの、ホットなもの、インなものを持たないなら、取り残されてしまう。そして、はやっているから毛皮を着ようと決めた彼女は、その決定を正当化しようとする。「別に違法じゃないし」「何を着ようと自由でしょう」「どうせ肉を食べているんだから、一緒じゃないの」。こうした毛皮擁護派にしても、ただカッコいいからと丸腰で言い張るばかりでなく、少しばかり有効な言い分で武装しているため、戦いは激化してしまうことになる。彼女たちは、天然繊維はそれほど環境に悪影響を及ぼさないが、市場に大量に出回っている合成繊維はゴミ処理場で分解するのに長い年月がかかると論ずるのだ。たとえば、石油系プラスチック製品であるフェイク・ファーは、製造段階で天然資源を消費し、公害を引き起こす。デザイナーのマーク・モンタノは、一九九九年秋冬コレクションでフォックスのカフやストール、ハンド・マフといったファー小物を取り上げ、その翌年には初のファー・ガーメント・コレクションを披露した。「長い目で見れば、僕らの地球により大きなダメージを与えるのは、毛皮やレザーじゃなくプラスチック製品を着る連中のほうだろうってつくづく思うね」。だが、そうした説にはやはり、ファッション・アイテムが服に対して抱く底なしの欲望が大いに関わっている。そもそも買い物を減らせば、毛皮と合成繊維と、どちらの必要性も減らせるはずでは?それから、擁護派はこうも論ずる。