漠然と進学した大学院生活。その中で、唯一、はっきりと望んでいたのがアメリカへの留学だ。私はその意思を大学院の教授に「できれば、アメリカに留学したいのですが、可能でしょうか?」と伝えると、教授は「留学はとても良い経験になります。そのチャンスは十分にあります」と答えてくれた。そもそもこの一言があって、大学院進学を決めたのであるが、留学のチャンスは大学院進学から1年も経たないうちに訪れた。9月のある日の午後、教授室に呼ばれ、教授から「君の望んでいた米国留学に行ってきなさい。時期はい1111一月からですから、すぐにその準備にとりかかりなさい」と伝えられた。大学院生活にも慣れはじめ、何らかの研究課題の準備の必要を感じていた時期でもあった。そのころは大学時代からの遊び癖がまだ抜けきらず、教授はアメリカで私の性根を入れ替えさせようと思ったらしい。海外留学の話に心が躍ったが、反面「このまま留学して、大丈夫?」という一抹の不安を感じたことも本当のところだ。留学ビザの取得等の準備をしていると、2ヶ月はあっという問に経過して、日本を旅立つ日がやってきた。場所はニューヨークーマンハッタン、学生時代に旅行で訪れたことはあったものの、誰一人として知人はいない。短期問の大学院生活で築いた遊び仲間たちにも別れを告げると、教授は私に「じゃあ、頑張って研究をしてきてください。実際の留学は華やかな印象ほど楽なものではありません。最初は孤独で辛いかもしれませんが、それが良い経験となります」と厳しい表情で励ましてくれた。「どれくらいの期間、留学することになりますか?」と教授に尋ねた。「君の場合、一からのスタートだから最低でも2年はかかるでしょう」と教授は言い、私は内心「思ったより長い留学になる。これはただ事じゃすまない」と武者震いに近いものを感じた。「君だったら、すぐにこっちに適応できそうだね」……気がっくと飛行機はすでにニューヨークに向かって降下を開始していた。ニューヨーク郊外の街並がどんどん大きくなる。離陸したときの感傷的な気持ちはすでに吹き飛んでいた。ニューヨーク・JFK空港には先に留学していた先輩が迎えに来てくれた。「お疲れさま」と、先輩は私と目を合わせた途端、「お腹空いていない?」とニコッとと笑いながら声をかけてくれた。時刻を見ると午前2時、私たちは先輩のかなり古びた車に乗り込んで、JFK空港からマンハッタンへと向かった。札幌より少し暖かいが、高速道路から街並を見渡すと、木々の葉はすでに落ち、ニューヨークもすっかり冬めいていた。車を20分も走らせると、私たちはロングアイランドの一軒のドライブーインに立ち寄った。アメリカ映画でよく出てくる、いかにも古びたドライブーイン。中年のウエイトレスが注文を取りにきた。彼女は私がここに着いたばかりの日本人留学生とは知るよしもない。何を注文したらよいかわからず迷っていると、彼女は「早く注文しろ」とばかりに睨みつける。先輩は自分の注文に忙しそうなので、とっさにメニューの一番上に書いてあるものを選んだ。「怖いウエイトレスですね」と言うと、先輩は肩をすぼめながら「こんなもんさ」。ウエイトレスはコーヒーカップになみなみとコーヒーを注いだ。ぬるくて薄味のコーヒーだが、空腹のお腹に入った途端、思わずほっとした。ウエイトレスはすぐに料理を持って戻ってきた。カリガリに焼き上がったベーコン、目玉焼き、温められたパン。私は夢中で料理を食べ続けた。先輩は感心したような顔で「随分、美味しそうに食べるね」、私は「美味しいです」と満足気に答えた。すると、先輩は「俺は今でもこっちの生活が苦手なんだよ。君ならニューヨークがすぐに好きになれるさ」と言った。「アメリカ流食生活」洗礼のはじまり生活準備から始める必要があったので、ニューヨーク郊外の街で、I週間程日系アメリカ人のお宅でホームステイをした。銀行口座を開設したり、アメリカの運転免許を取得したりと、その準備はなかなか骨が折れる。それにしても、この家庭での食事のボリュームには驚かされた。どちらかというと、大食いの私でも、全部平らげるのは大変だ。どうやらアメリカ人は大量にものを食べる習慣があるらしい。つまり、この日系家族では子供を育てるにあたって、食事の量が日本人の量ではなく、米国人サイズになっていたのだろう。アメリカ人は国民の30%以上が肥満となっているが、この食べ物の量を見ると、それも当然といえる。人の胃は仲ぴたり縮んだりする性質がある。食べ物の量を少しづつ増やしてゆくと、すぐに胃はその量に合わせて伸びるので、食べ物の量が増えても満腹感を感じなくなる。つまり、人の体は食べる量を増やしても、満足するのはほんの少しの間で、さらに多くの量を食べたくなるようにできているのである。その結果が「肥満」という人間の健康を脅かす大問題となっている。研究室のカフェテリアでも然りだった。フライドチキンのように、味の均一な大量の食べ物がアメリカでは一般的で、あまり健康的とはいえなかった。私は毎日シリアルのような繊維の多いものを食べるように心がけていたこと、留学時代は月10万円くらいの生活費しか無かったので贅沢はできなかったことなどが功を奏したためか、肥満に陥ることは最後まで無かった。