接続詞の「が」があれば、すべて「が」にしてしまうウッカリ屋さんがいる。日本語が一文だからといって、かならずしも英語まで一文にしなくてもいいということに関連して、つぎのような例をあげておきましょう。それは、日本語の「が」という助詞の処理の問題です。たとえば、「ちょっとお話ししたいのですが、今すぐお邪魔してよろしいですか」という日本語にしたとしましょう。「ちょっとお話ししたい」という文と「今すぐお邪魔をしてもいいか」という文の、二つの文に分解されるわけです。ところが、もとの日本語の中の「したいのですが」の「が」にイメージをひきずられ、二つの英文を回{でつないでしまう人が出てくるのです。言うまでもなく、この「が」は「けれども」の意味ではなく、軽く文と文をつなぐ役割を果たしているだけです。ですから、英語に置き換えるときに、「しかし」の意味を含んだ回{をつけたす必要などないのです。無理に一つの文章になっている日本語に忠実になろうとして、苦しまぎれに冨{を使うのかもしれませんが、日本語的な感覚で、余分な言葉をつけたりすると、ヘンな誤解を招いてしまうことにもなりかねません。