かつてキャリアが上から一方的に与えられるものであった時代は存在した。それは、主君と家臣の関係に近いと言える。だが、けっして労働者は家臣ではない。かつての企業に対する滅私奉公は、将来序列が上がるという対価があってこそ成立した暗黙の契約だ。その対価の保証がなくなった現在、すでに契約も空文化していると言っていい。となれば、両者の関係はあくまでイーブンであるべきだ。両者の求めるものを交渉し、妥協の余地がないなら、それ以上そこにとどまる理由はない。
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組織内において「まず結果を出す」ことはたしかに重要だが、組織の側か「それにふさわしい対価を用意する」こともそれ以上に重要なのだ。家族、特に昭和的価値観が堅持されていた時代に成人した世代の人間も、会社側以上に保守的だ。彼らはなにはともあれ定年まで勤続することがもっともお得で、社会的なステイタスも得られ、最大の幸福を生むと信じて疑わない。若者自身も、そういう教えを受けて育ってきた。