古代美人は肌美人

2011.03.31

『源氏物語』より三百年ほど昔にできた『古事記』や『日本書紀』では、美人はただ“麗しき美人”とか“容姿麗美し” “容姿端正し”などとあって、どこがどう美しいかという部分描写がない。背が低いとか高いとか、痩せている太っているなどの女の身体描写もない。その代わり、「官能描写」とでもいいたいような、特異な肌の描写がある。『古事記』には、八千矛神こと大国主神が女たちと交わしたという歌が載っていて、たとえば八千矛神の求婚への、沼河比売(以下ヌナカワ姫)の返歌にはこんな一節が。「日が暮れたらぬばたまの夜が来る。そうしたら朝日のような笑顔でいらして、“白き腕沫雪の若やる胸を”(白い腕と沫雪の柔らかさの若々しい胸を)そっと撫で、撫で可愛がり、玉のような手を交わし抱きあい、”股長に”(足を伸ばして)寝ようものを、むやみと恋しからないで」明日の夜には私を抱けるんだから焦らないでというのだが。“沫雪の若やる胸”とか“股長”という語が悩ましいまでに生々しい。同じような一節は、八千矛神の正妃、須勢理毘売命(以下スセリ姫)の歌の中にもある。スセリ姫は、ヌナカワ姫と夫の仲に嫉妬した。閉口した夫が家を出ようと旅したくをしながら歌うと、スセリ姫は夫に酒をつぎながら歌い返した。「あなたは男だからあちこちに妻をもてるけれど、私は女なのであなた以外に夫はいない」と。そして続ける。「“沫雪の若やる胸”と白い腕を、そっと撫で、撫で可愛がり、玉のような手を交わし抱きあい、足を伸ばしておやすみなさい。お酒を召されませ」ヌナカワ姫と申しあわせたような言い回しは当時の定番だったのか、それとも『古事記』の作者が八千矛神と女たちとの関係を物語風に歌にしたのか。「私だって若々しく柔らかい体があるのよ」とばかり、寝屋での交歓への期待感を男にかきたてるさまは、妃というより娼婦のごとき歌いっぷりである。
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